message 「庭のあれこれ」編 … 荒れ野と式神 | |||||
一級建築士・インテリアデザイナー・ガーデンデザイナーの庭づくり講座/ガーデニングデザインメッセージ集 | |||||
源博雅……醍醐天皇の第一皇子の子であり従三位の殿上人。やんごとなく武士であり、笛、琵琶などの楽器の達人で、彼の曲は今でも演奏されつづけている。穏陽師、阿倍晴明の友。博雅が、土御門大路にある晴明の屋敷を訪ねるところから物語は始まる。 * * 水無月の初めであった。 午後である。 雨が降っていた。 まだ梅雨があける前の、細い、冷たい雨であった。 開け放したままの門をくぐると、濡れた草の香りが、博雅を包んだ。 桜の葉や、梅の葉、そして燈台木や多羅樹、楓の新緑が、濡れて鈍く光っている。 竜牙草、五鳳草、ほおずき草、銀銭草……それらの野草が、あちらに一叢、こちらに一叢と、庭中に生い茂っている。山あいの野辺の草叢を、そのままここへ移してきたようであった。 * * という、晴明の庭を、縁に座って眺めるのである。ほとんどの場合は、焼いた茸などをつまみながら酒をちびちびやってのことである。 博雅は、晴明の庭を、これではまるで荒れ野ではないか、と思う。しかし、照れながら、こうも言ったりする。 * * 「なんとも、みごとに、きちんと移ろうてゆくものだなあ……」 「なにがだ」 「だから、季節がよ。おれはなあ、この庭のことはよく知っているよ。春にどの ように草が伸び、それがどのような花を咲かせるのかもな。それがなあ……」 「どうした」 「夏にはあれほど盛んだったものも、秋には枯れて霜をかぶる……」 「うむ」 「これはまるで……」 「まるで、何なのだ」 「人の世ではないか」 * * 阿倍晴明の屋敷の庭はこのようである。 * * 秋の野であった。 女郎花、紫苑、撫子、草牡丹……その他、博雅には名も知らぬ草が、庭一面に茂 っているのである。すすきが葉を微風に揺らしているかと思えば、野菊の一叢が、 撫子の一叢と、混ざり合うようにして咲いている一画もある。 唐破風の塀のそばには、萩が、赤い花を重く咲かせた枝を垂らしている。 手入れなど、なにもしていないようであった。 庭一面、草の生えるにまかせている……そんな感じに見える。 しかし、妙に、この自由に草花が咲き乱れている晴明の庭を、博雅は嫌いではな かった。好ましい気持も、ある。 ただ生えるにまかせているだけでなく、どこかに晴明の意志が働いているからな のだろう。 この庭の風景は、ただの荒れ野ではない、不思議な秩序のようなものがあるのだ。 どこがどうとは、うまく言葉にはできないのだが、その不思議な秩序が、この庭 を好もしいものにしているのだろう。 目に見える印象でいうのなら、あるひとつの草だけが特別に多く生えているとい うことがない。かといって、どの草も、同じ量だけ生えているというのでもない。 ある種類は多く、ある種類は少なかったりもするが、その加減がいいあんばいに なっているのである。 それが偶然か、晴明の意志によるものか、博雅にはわからない。 わからないが、晴明の意志が、なんらかのかたちで、この風景に関わっているだ ろうとは思っている。 * * (夢枕獏:阿部晴明シリーズより) この庭には多くの生き物が住んでいる。ホタルや蝶などの虫、亀、ねずみ、もちろん多くの草花や桜や藤の木も。それらが、晴明の式神(しきがみ)となって博雅の前に姿を現す。ときには道案内をし、酒を温め、鮎を焼き、筆やすずりを持って。 * * さて、あらためまして、皆さん、こんにちわ。 今回は、夢枕獏氏の穏陽師阿倍晴明シリーズから、晴明の庭について、ご紹介しました。 このお話は短編が中心ですが(生成り姫という怖くて切ない長編もありますが)そのほとんどが、晴明の庭の描写から始まるのです。そして、酒を飲み、「ゆくか」と言って、怨霊や鬼や化け物たちとのアドベンチャー?に向かうのです。(格好いい!!) 訪ねてきた博雅が、晴明と縁に座って庭を眺めて……。 季節が巡り、雪に埋もれた散り遅れたリンドウの紫、満開の桜の一番最初に散った花びら、音もなく一つ二つと飛ぶホタル、冴え渡る月の光……。 繰り返し繰り返し、庭の情景が伝えられます。彼(夢枕氏)は、よほどこの庭が好きなのでしょう。私も好きになりました。 で、なにがどうしたって? って言わないでくださいよ。もう、ずっと講座を聞いてくださっている人は、私がなぜこの庭が好きになったか、説明なしでもわかりますよね。 |
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